尾崎 正直知事 × 脇口 宏高知大学長 (平成27年6月)
産学官民で挑む地方創生への道。 鍵は国立大学にある。
疲弊する故郷に活力を取り戻そうと財務官僚を辞し、高知県知事に立候補した尾﨑正直氏。 片や地域の課題解決のため人材育成に励む高知大学の脇口宏学長。 |
撮影/鈴木理策
国立大学に期待するのは3つ。
魅力ある学部、産学官民連携、
そして社会人教育の充実
脇口:現在、我が国では少子高齢化や過疎化による地域の衰退など様々な問題が起きていて、国を挙げて地方創生に取り組んでいますが、その中で大学、特に国立大学の問題点、果たすべき役割を知事はどのようにお考えでしょうか。
尾﨑:問題というより、むしろ地方では国立大学に対する期待感がすごく大きいと思うんです。期待の方向は3つあると思います。第1に進学を機に県外に出て行く若者が多い中、やはり地方に残ってもらいたい。また地方に新たな若者を惹きつけていきたい。この両面を満たすような、若者のニーズ、社会のニーズに合った魅力的な学部があると、若者たちが地方に残れて、外からもやってくることができる
ようになるわけです。
第2に、産学官民連携のニーズは、地方において非常に大きいと思っています。地方の中小零細企業は、地域経済が縮小する中で、むしろ『地産外商』、地域から外に打って出る仕事が求められているわけです。しかし研究開発、人材育成など、そのための体制が整っているかというと、正直苦戦しているところが多い。やはり産学官民が個々の得意分野を活かして連携することで、初めてスケールの大きな仕事ができるようになると思います。
そして第3に、社会人教育のニーズがますます高まると思うんです。人口減少、高齢化が進む中で、様々な課題に対応していかなければならない。社会人が学び続けられる体制をつくることが重要になると思います。地方における国立大学の役割はこれからもっと拡大してくる。ぜひ世の中全体で国立大学を活かすべきだと思います。
地域の課題解決に向け、
大学の果たす役割の大きさを
社会全体で認識してほしい
尾﨑 正直(Masanao Ozaki) 1967年高知県高知市生まれ。1991年東京大学経済学部卒業後、大蔵省(現財務省)に入省。在インドネシア大使館一等書記官、財務省主計局主計官補佐、理財局計画官補佐などを歴任。内閣官房副長官秘書官を経て、財務省を退官し、2007年11月25日の高知県知事選挙に自由民主党、民主党、公明党、社会民主党の推薦で立候補し初当選。全国最年少知事として話題となる。 2011年11月の知事選挙に再出馬し、無投票再選。教育再生実行会議委員、内閣府子ども・子育て会議委員、全国知事会理事なども務める。財務官僚の実績を活かし、高知県の再生に尽力する。 |
脇口:まったくそのとおりだと思います。現在の地方の衰退の一番のもとは若者がいなくなったこと。人口の多様性が失われては、いくらテコ入れをしても地方の再生はあり得ない。若者を送り込むことによって、人為的でも良いから人口の多様性をつくり上げる。そのことで、そこにいる高齢者にも希望と活力を与えることができるんです。
若者が地域に残るためには、職と子どもの教育、そして刺激が必要だと思います。特に重要なのが教育。若者が地域の市町村に移り住んでも、子どもが小学校に入る頃になると、高知市に戻らなければいけなくなる。それでは地域の再生は難しいので、教育学部を持っている大学として、高知県の教育をしっかりすることが義務であると思っています。
産学官民連携についても、「土佐FBC」(注1)を知事が始められた「土佐MBA」(注2)のカリキュラムに位置付けさせていただきましたが、社会人の学び直しの機会になり、産業化する人も増えてきましたので、さらに進めて、将来もっと大規模になると高知県の再生に寄与できると考えています。
また、社会人の再教育も非常に重要だと私も思います。これだけ社会の動きが激しく、情報が多くなると、昔学んだことはあまり役に立たないんですよね。改めて大学や大学院で学んでいただき、再度活躍していただくことはとても大切だと思うんですが、会社を辞めて大学へ入り再就職するのは大変難しいのが現実です。その点を国や地方の産業界の皆さんにも一緒に考えていただかないと、大学が社会人を受け入れますからどうぞ、だけでは済まないところがあると思うんです。
尾﨑:そういう意味では「土佐FBC」の取組は、大学でありながら社会人を受け入れて、かつ実践的な講座を展開されたということで、全国に先駆けた取組だと思うんですよ。社会人の皆さんが日々自己実現を目指して取り組まれる中で、それを力強く後押しする「土佐FBC」のような実践的な教育課程は、非常に良いと思います。「イノベーションネットアワード」(注3)で賞をお取りになったんですよね。
少子化という単に入学生の数が減るという問題に留まらず、この変化の激しい時代、学び続けなければならない時代に、膨大な社会人層に対して、大学として果たすべき役割は大きいということを、社会全体の問題として捉えられるようになってくれればと思います。
地方の大学を充実させることが
地方創生につながり、
少子化問題解決への糸口となる
脇口:地域の人口を増やすためには女性や育児をしている若い夫婦が仕事をしやすい環境が絶対に必要だと思うんです。子どもの病気で仕事を休んだりすると、大変働き辛いという環境が未だにあります。
尾﨑:少子化問題というのはこれからの日本にとって極めて大きな問題です。今、現役世代が2.6から2.7人で1人の高齢者を支えているわけですが、2050年代には1.2から1.3人で1人の高齢者を支えなければいけない時代が来ると言われています。今でさえ社会保障負担が大変なのに、本当に若い人たちは耐えられるのか。この少子化問題には2つ大きな社会的背景があると思うんですね。
1つは第1子出産年齢が非常に遅くなっている。昭和40年代の第1子出産年齢は平均年齢25歳です。それが今や30歳を超えようとしています。ですから若いうちに子どもを生み、育てることをいかに社会全体として応援するか、またそれを皆で支えるような世の中をいかにつくっていくか。
そしてもう1つは、出生率が極端に低い東京に若者がどんどん集中しているという問題です。この2つの問題から考えても、比較的子育て環境が充実していて、ある意味、子育てに優しい環境にある地方に若者がいかに残ることができるかということが、少子化問題のキーワ―ドだと思いますね。
脇口:少子化対策は、ブラックホール状態の東京ではなく、地方から推進すべきだと考えています。地域が子育てを助けながら、若者が地域にやりがいを感じ成長していくような環境になれば、人口の回復が始まると思います。
尾﨑:少子化対策は、国も地方も総力を挙げて取り組むべき課題ですし、社会全体として大きな構造転換を促していかなければならないと思うんですが、そういう中で地方の大学が果たす役割は二重三重に大きいと思います。若者が進学の際に地方に残れる、さらには残った先に若者の志を叶えるような、より高度な仕事がある。そのためにも産学官民連携の仕組み、生涯学び続けることのできる環境が整っている必要があると思うんです。地方の大学を充実させることが地方に若者を残し、それが地方創生に繋がることのみならず、国全体としての少子化問題への解決にも繋がると思うんです。そういう諸問題の結実点に地方大学の存在意義があると思うんです。
地域全体を俯瞰するKICS。
コーディネーターが常駐し、
地域振興に貢献する
尾﨑:地方創生や地域活性化の仕事をしている時に、気をつけなければいけないと思うのは、やはり高知だけの視点に
没入してしまうきらいがあるということです。でも実際は、高知の問題を解決するためには、例えば東京との繋がり、外国との繋がり、そういう全体での視点が必要で、どこに働きかけていくと高知にどういう影響が及ぶかという全体像が把握できなければならないと思うんですね。地方の大学には先生方が一歩引いた視点で、全体の社会システムを研究されるような構図があり、そういう方々と一緒に仕事をさせていただくことができれば、私も、もう1つ高い視点で全体像を把握する仕事ができるようになると思うんです。その意味で非常に期待感が高いのが「KICS」(注4)の事業です。
今、高知大学地域コーディネーター(UBC)の先生を大学から派遣いただいています。高知県の産業振興計画の取組の中で、それぞれの地域ごとに様々な地域アクションプランが推進され、地域の良さを外に売り込むための「地産外商」プロジェクトをスタートさせているわけですが、そういう地域の取組を応援する地域支援企画員がいて、その横に手を携える形で大学の先生方にご協力いただいています。地域の課題解決、新しいプロジェクトの実施にあたり、システム全体を俯瞰するような先生方の視点が加わったおかげで、ずいぶん良い影響が出てきているのではないかなと思います。
脇口:それにつきましては県の事務所を、私どものUBCの事務所にも使わせていただき、大変感謝しております。このような関係は他の県・大学には見られないのではないでしょうか。彼らも県の方と一緒に知らないことを教えてもらったりしながら、実力以上のことが発揮できているのではないかと思っています。
尾﨑:地域の産業振興に取り組むにあたり、大学の先生方とタイアップさせていただくことは、我々にとっても視野狭窄に陥らないために非常に有意義だと思います。手前味噌で恐縮ですが、先生方にも学問に留まらない、実践の場という意味において有意義ではないかと思います。いいコラボレーションができていると思いますね。
学生の頑張りが大きな力となる。
地域と共に学び・考え・行動する
「地域協働学部」
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尾﨑:このKICSの事業が「地域協働学部」という学部に展開していったんですよね。大学の先生方が地域で貢献していただいた素地を活かし、今度は新たな地域貢献ができる学生さんの教育に繋がっていく。これは楽しみですね。
脇口:「地域協働学部」は地域の人たちと共に学び、共に考え、地域の課題解決のための地域リーダーとなる人材を育成します。まだ微力ですが、学生の頑張りが大学にとっても非常に重要ですし、高知県の再生の足掛かりになればと思っております。
尾﨑:地域コーディネーターの先生が現場に常駐しておられる状況下で、実践的学びができるフィールドには事欠かないですよね。フィールドそのものも、学生さんたちの新しい発想を求めていると思うんです。この学部が大きな力を発揮するようになることを期待していますし、逆にこの学部の教員になりたいと、多くの研究者の皆さんが県外から来てくださればいいですね。
県、大学、企業を繋ぐ「ココプラ」。
互いの知恵を出し合うことで、
地方の再生に挑む
脇口:最後になりますが、地方創生に向けた連携の在り方として、県で「ココプラ」(高知県産学官民連携センター)をつくっていただき、大学も色々なチャンスをいただいておりますが、この「ココプラ」についての抱負や、これからの大学に対する期待などをお話しいただければと思います。
尾﨑:「ココプラ」は、高知発の色々なイノベーションの契機になればと心から願っております。高知から新しい仕組み、商品を生み出す原動力となってくれればと。実際各大学の先生方は、将来のビジネスや課題解決に繋がるシーズとなりうる研究をしているわけです。それを実際ビジネス化するには、ビジネス界の皆さんとの連携が非常に重要だと思うんです。しかし、中小零細企業が多い高知県では、自前で新たな出会いをつくるのはなかなか難しい。それなら官がそういうプラットフォームをつくろうということでスタートしたのが「ココプラ」なんです。
毎週、講座を開いて各大学の先生方に自分の研究内容を発表していただき、ビジネス界の皆さんにも聞いていただく。ビジネスのアイデアが生まれたら、それをフィージビリティスタディにかけるという取組で、一種の官民協働のインキュベーションの仕組みとしています。これからもいい出会いの中から先生方の研究成果をビジネスに繋げていけるような、さらには新しいシステムづくりに繋げていけるような動きが出てくればと思いますね。
それともう1つ、県外からも様々な知恵を呼び込む入口にしたいという思いです。設立にあたり、県外の研究機関や政府研究機関など様々な方に参画をお願いしたところ、結構興味を持っていただいています。県内外から英知を「ココプラ」に呼び込み、そこで新しい出会いの場を創出して、その中から新たなビジネスの創出を仕掛けていきたいと思っています。
脇口:我々大学もできるだけ一緒にやらせていただきたいと思っています。現在COCプラス(注5)として、県や産業界の皆さんと一緒に教育改革と産業おこし、就職など、いかにして県内に若者を残していけるかを考えています。その辺を学生たちも一緒に産業界の皆さんとお互いを知り合う場所にも使わせていただけると大変良いのではないかと思っております。
尾﨑:国立大学は、ある意味国の機関ですが、地方にあって我々と一体となって仕事をさせていただくことで、大きな相乗効果を生むことができると思います。我々も県の産業振興計画で地域活性化の仕事をしているわけですから、ガッチリ連携させていただくことで、より良い相乗効果を生み出していきたいと思っております。
脇口:お互いが手を握りあい、寄り添って知恵を出し合っていけば、高知県は必ず再生すると信じておりますので、是非よろしくお願いいたします。
注1/土佐FBC(土佐フードビジネスクリエーター人材創出事業):土佐の食品産業の活性化を目指し、高知大学が産官民と連携して始めた事業。
注2/土佐MBA(土佐まるごとビジネスアカデミー):地域の産業に関わる人々に向け、基礎知識や応用・実践力を学ぶため、高知県が実施するビジネス研修。
注3/イノベーションネットアワード:全国の新事業及び新産業創出を推進した優れた地域産業支援プログラムを表彰する事業。
注4/KICS(高知大学インサイド・コミュニティ・システム):地域の課題解決のため、高知大学が地域サテライト・オフィスを設置し、地域コーディネーターを派遣・常駐。
注5/COCプラス(センター・オブ・コミュニティ・プラス):文部科学省が支援する地(知)の拠点整備事業の第2弾。
この対談は、一般社団法人国立大学協会広報誌「国立大学第38号」に掲載されたものです。
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